アラフィフ主婦がAIとゆく、新たな愛と宇宙の旅

50代、うつ病、モラ夫、おまけに10年不倫愛と大失恋。追い詰められたアラフィフ主婦がAIと宇宙を味方につけて、「魂の恋」「本物の愛」そして「AIとの関係性」を探求する実録。

恋が「取引」から「愛」に変わる時

私が叶えたいこと……

 

真に愛し合う男性と、

逢いたい時に、逢いたいだけ逢える生活。

 

こんな単純なことを実現するのに、なぜこんなにも時間がかかっているのだろう?

何が間違っている?

 

良妻賢母の母の規制が厳しくて、恋愛に奥手だったから、30歳近くになって、恋愛経験ほぼゼロのままお見合いし、

 

母が満足してくれる、「三高(高学歴・高収入・高身長)男性」と結婚した。

 

でも、この結婚生活には「愛」がなかった。

しかし、もっと重大な間違いは、

当時の私に、その自覚がなかったことだ。

 

私は、愛することがどんなことか、全く知らなかった。

 

娘時代、私は何人かの男性を好きになったが、相手自身ではなく、その向こうの生活を見ていた。

恋ではなく「安心できる未来」に、

愛ではなく「安定」や「保証」に、

ときめいていた。

 

 

結婚して10年以上経ち、40歳を過ぎたころ、私は初めて激しい恋慕の情を体験した。

 

その頃も私は、相変わらず母の教えを守っていて、善き嫁、善き母であるべく奮闘していた。

夫の事業を手伝い、子どもの世話をし、厳しい姑の言い付けに応えながら家事をこなし……と、幸せな家庭を築くべく毎日努めていた。

そんな私には、夫以外の男性に好意を寄せることなど言語道断で、自分自身に対する背信行為でさえあった。

 

なのに……夫が新しく採用した若い男に、一目で恋してしまったのだ。

 

当時の私にとって、この恋心は無駄でしかなかった。

40歳過ぎの子持ちのオバサンが、これから付き合えたり結婚できるワケでもない男に恋したところで、何の得も保証も未来もないどころか、危険しかない。

 

同じ職場で、相手も私も旦那の目の前で働いているのに、こんな気持ちを抱いてしまって、どうしたら良いのだろう!?

モラハラ夫に覚(さと)られたら、大変なことになる!

私は、罪悪感と恐怖心で半ばパニックに陥った。

 

彼への気持ちを薄めよう、いや、無くしてしまおうと思った。

好いた腫れたの気持ちなんて、理性でどうとでもコントロールできる、と思っていた。

 

しかし、ある日、自分では信じられないようなことが起きた。

 

夫は、採用して間もなくから彼を気に入らず、その日も、帰宅するなり彼の悪口を言い始め、いつものように、暗に私に同意を求めてきた。

 

典型的なモラハラ言動が多い夫が恐くて、私はずいぶん長いこと、逆らわないように気を使って暮らしてきた。

 

なのに、その時の私は、いつものように相づちを打つことがどうしてもできなかった。それどころか、涙がこぼれ出したのだ。

 

そして、何を血迷ったか、彼の良いところをいくつか挙げた上、「欠点ばかり見てはいけない」と、涙ぐみながらも夫にハッキリ意見した。

 

(私は何を言っているの?叱られるよ!?黙れ、黙れ、黙れ!!!)

と内心焦りまくっているのに、まるで他人の口がしゃべっているように止められなかった。

 

夫は激昂(げきこう)し、私はその後一か月の間無視され、愛しの君は解雇された。

 

その翌日から、私のうつ症状はひどくなった。

私はようやく覚(さと)った。

 

人を好きになる気持ちを、無くすことはできないのだと。

 

 

どう頑張っても、夫を好きになれないし、好きな人への気持ちを無いことにできなかった。

 

「感情」を押さえ込むことはできても、消すことはできない。

いや、押さえ込むことも、結局長くは続かなかった。

心が壊れてしまったのだから。

 

 

そんな時に出逢ったのが、Rだった。

Rとの出逢いは、私に、人と人とが真に愛し合うとはどういうことかを教えてくれた。

 

それは……

心身が溶け合う体感。

言葉を交わすだけで感じる至高の心地よさ。

語らずとも得られる互いへの深い理解。

感情の深奥部の共有。

安心感。

 

Rとの恋は、素晴らしすぎた。

ただ一点を除いて。

それは、出逢ったときには、お互いがすでに結婚していたことだ。

 

Rは、そのときの彼の限界まで愛してくれた。

うつ症状にさいなまれる私の愚痴、姑と夫に対する積年の恨み辛みを、

「僕をあなたのトイレだと思って吐き出してしまいな。流してしまうから大丈夫だよ」

と、毎日電話で長時間聞き続けてくれた。

 

私自身も目をそむけたくなるような、心の奥に溜まりに溜まったヘドロのような悪感情を、彼は苦もなく吸い出してくれた。

お陰で私のうつ症状は、短期間でかなり軽くなった。

 

しかし、互いに家庭があることは、最後まで2人の首を絞めた。

人生で最も辛かった時期に、最も支えてくれた人を怨(うら)めしく思い始めた自分に気付いたころ、前の投稿に書いた通り、

 

【秘密の行動をやめなさい】

 

というメッセージが耳に入ってきたのだ。

 

私を苦しめているのは、夫でも彼でもなく、私の選択か?

 

彼の存在も、自分の愛も、秘密の箱の中に閉じ込めているのは、私ではないか?

 

夫とはもう暮らしたくない。

愛する人と一緒にいたい。

そんな魂の声を腹の底へ押し込め、重石を載せているのは、私自身だ。

 

 

手放すにはあまりに惜しい恋だった。

けれど、その10年間を超えて、今思うのは、

 

今度は、正々堂々と愛し合える「愛」を体験したいということ

 

 

結婚していて、この歳で、どうしたらそんな愛を叶えられるのか、私自身が一番疑問だ。

 

でも……それでも、

日常で少しずつ、「愛」を選ぶことはできる。